芸能(伝統文化) 平安時代
笏とは、束帯の時に持つもので、牙とかいちびの木か、またその他桜、柊などの材料を板のように薄くする。そして、長さ1尺2寸上の幅2寸7分下の幅2寸4分厚さ2分上部の半円下部水平あるから、上円下方となるが位によって差がある。元々は、君命とか言わんとするとこを記して、忘れに備えたもの。「続紀」に、養老三年に五位以上には牙の笏を持ち、散位はこれを許されたが六位巳下は木笏である。
魚袋とは、束帯の時の束帯の右につける具である。長さ3寸幅1寸厚さ5分計らの匣を白鮫の皮で貼りつめ、魚の形を表に6つ背に1つ着けて紐で帯るのである。3位参議以上は鉱金の金魚袋であり、4位5位は銀製の魚袋である。6位以下はなしである。
石帯(革帯)は、前代の発展したものであろうか、1重まわしの胴締であり、牛の革に黒漆を塗り左の端に金交具をつけ、右の端に数ある孔がある。前には、袍に隠れて見えないが、背の部分が見える。その位階によって方形や円形の玉や石を10個並べた。技法には、毛彫と隠文がある。
雲形という高名の御帯は、三条院にこそは奉らせ給へれかねのうちに東宮に奉る… (蜻蛉日記)
花 石榴(ザクロ科)
和名ザクロは、漢名石榴の音読。このザクロは元は、ペルシアからインドの西北部辺りの産と言われている。中国には、漢の時代以後ペルシア地方の西域から入って来たという。ペルシア地方の名安石国の名を取って、安石榴、石榴と言う名を与えたという。榴というのは、こぶしの木の意味。ザクロは、花を主とするハナザクロと実を主とするミザクロがある。日本では、共に栽培されている。日本への渡来は明確ではないが、「倭名抄」に「漢名 安石榴  和名 ジャクロ」とあるので、古い時代から薬用に用いられ入ってきたようだ。漢方では、この幹や根の皮を剥ぎとり乾かしたものを「石榴皮」といって、じょうちゅう駆除に用いる。昔、この果皮の渋はクリ染めに用いられ、果実の酸は、鏡のくもりを拭き取ったり、鏡を磨くのに用いられた。酸っぱいが果実の種子についた果肉も食べられるし、この材も床柱として用いられ貴重。伝説に鬼子母神わ榴花洞というお話などもある。
古代 6月、7月、8月
あいの風…日本海沿岸に吹く風の名。山陰で東または北東の風、北に行くにしたがい、北又は北西の風をさす。北国の船はこの風に乗って上方へ通ったのである。船乗りはよろこんだ。「万葉」にもすでに「東風」として「古語」である。
上布…麻の織物の1種で、夏の暑さを凌ぐ単の着物の材として好まれ、用いられている。
白絣…白地に絣を染めたり、織ったりしたもので、家庭用の浴衣より、きっちりとした服装であり、見た目も清楚である。男性も用いている。
アロハシャツ…形は半袖の開襟シャツ。原色や原色に近い色や大柄な模様で、第二次世界大戦後ハワイから渡ってきた。大いに流行したものである。
茄子漬…茄子は、糠漬け・塩漬け・粕漬けなど、また味噌漬け・辛子漬けなど何につけても美味である。
鮎膾…香魚とも年魚ともいわれる鮎は、姿よく香りよく川魚の中の王と言えよう。獲れた鮎を膾にして食するのを鮎膾という。薄く切って酢に浸す。蓼酢にして、食べる時は塩焼きであろう。